広島高等裁判所 昭和28年(ネ)16号 判決
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴委員会が昭和二六年一月三一日にした山口県厚狭郡埴生町大字埴生字向原第二、三六八番地田三反二畝一九歩に関する控訴人和田百合蔵の訴願は相立たないとの裁決はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、
(一) 買収前の控訴人並びにその家族の所有農地、買収地及び残地の面積は別紙のとおりである。(これに反する従前の主張を訂正する)而して右所有農地及び残自作地の中には、風水害によつて壊滅し耕作不能となつた西糸根二一八四の一畑二畝一二歩が含まれているから、耕作可能の所有農地並びに残自作地は夫々四町七畝二歩、九反二六歩である。
(二) 本件農地(向原第二三六八番地田三反二畝一九歩)を谷川留一外三名に売渡すべき旨の計画を定めたのは昭和二五年七月二日である。
(三) 本件農地は谷川留一外三名に売渡すべきものではなく、右四名に優先して控訴人等に売渡すべきである理由として次の事由を附加する。
(イ) 山口県における農地の保有面積は二町三反であつて、内八反は小作させることを認められているから、小作地につき八反を残してその余を買収したのは相当である(これに反する従前の主張を訂正する)けれども、一町五反の保有を認められている自作地につき九反三畝八歩を残してその余の五反余畝歩を買収したのは不法であるから、不法買収地の返還又は不法買収の償いの意味において、本件農地を控訴人等に売渡すべきである。
(ロ) 控訴人等は一〇人家族の専業農家で、従来一町五反余の農地を自作しこれに精進して生計を立てて来たのに、買収によつて自作地は九反余に小作地は八反余に減らされた。小作地からは金納による僅かの小作料しか入らず、地租その他の公租公課を払えば残りは殆どなく、自作地も僅かとなつたので、その収入をもつてしては、専業農家で他に収入を得る途のない控訴人家を賄うことが困難というよりは寧ろ不能となり、生計上重大な脅威を感ずるにいたつた。
(ハ) 控訴人等は前所有者として本件農地に縁故があり、買収によつて農耕地が不足となり、労力に余剰を生じ、かつ食糧増産の叫ばれている時に農地を荒蕪に任せておくことは社会的見地から忍びなかつたので、荒蕪の本件農地を開墾して耕作し、土地の荒廃を防ぐと共に増産につとめ、耕作権はなかつたにしても事務管理者として耕作していたのであつて、これを継続すべき義務を負つていた。耕作の対価は払つていなかつたけれども、土地に対する租税、公課を支払い、生産した甘藷を供出していた。埴生町農業委員会又は同町長等は、買収から売渡迄の三年間本件農地につき耕作者を指定せず控訴人等の耕作を黙認していた。控訴人等は本件農地の小作人たることを主張するのではないけれども、右の如く事実上耕作していたことその他の事実上の功績に対し、売渡さるべきものであることを主張する。
(ニ) 本件農地については従前の耕作者が耕作権を抛棄してその買受資格を失つたので、自作農創設特別措置法施行令第一八条第二号によつて売渡すべき者を定むべきであるが、これについては、農家に親しまれ重要視されている農地のこととて、従来の縁故関係を事実上大いに考慮すべきである。自作農創設特別措置法が買収農地を小作人等に売渡すべきことと定めているのは同人等の小作権を認めるが故ではあるけれども、その根本をなすものは農地を愛し、これを重要視する者に売渡そうとするにある。この意味においても、控訴人等は本件農地に深い縁故関係があり、谷川留一外三名は全く縁故関係がないのであるから、控訴人等は同人等に優先して売渡を受くべき資格があるのであつて、その筋の通達たる甲第一三号証に「現耕作者以外の売渡については、既に売渡をなしたものでも、現在迄の耕作者の本意に反して他の者に売渡したものは、至急取消し元の耕作者に売渡されたい」とある「現在迄の耕作者」とは、必ずしも小作人又は小作人と同様な者を指したものではなく、事実上合理的に適当な耕作をしたと認められる者があれば、その様な関係のない者に優先して右の者に売渡すべき趣旨に外ならず、本件は正にかかる場合に該当するのであるから、控訴人等に売渡さるべきものである。
(ホ) 控訴人等は従来一町五反余を自作して農業に専従精進し、農業を営むに必要な一切の設備を有している。これに反して、谷川留一、荒川則人、大木雅逸、楠昇の四名は、農業用資材設備なく、他に生計の資を得る稼業に従事し、その傍ら僅かに農耕をしており、本件農地三反二畝一九歩を四人で分割して買受けた程であつて、農業に精進する見込のあるものと認むべきでないこと明白であるから、同人等に売渡すべきではなく、控訴人等に売渡すべきものである。
(四) 埴生町農業委員会は、右の各事実を知りながらこれに耳目をおおつて、谷川留一外三名に本件農地を売渡したのであつて、同委員会には議事録も農地買受申込書もなく、その内部は乱脈を極めており、本件売渡計画は不法、不当、不公正なものであるから、無効であるか又は違法なものとして取消さるべきものである。
(五) 原判決には「原告等(控訴人等)は現在一町二反を耕作している」と記載されているが、控訴人等は左様な陳述をしたことはない。控訴人等は前述の如く九反三畝八歩を耕作しているに過ぎない。
(六) 被控訴指定代理人の当審における釈明事実はこれを認めると述べ、
被控訴指定代理人において、控訴人等主張の小作地に七畝一歩の誤算があつたこと、本件農地についての売渡計画がその主張の日になされたことは何れもこれを認めるけれども、その余の主張事実中被控訴人の従前の主張に反する点は否認する。本件農地(三反二畝一九歩、外畦畔六畝六歩、計三反八畝二五歩)は、昭和二二年一二月二日控訴人和田百合蔵から買収して国の所有とし、昭和二五年七月二日谷川留一に一反四畝一三歩、荒川則人に六畝一九歩、大木雅逸に一反二畝、楠昇に五畝二三歩を分筆して売渡すべく定められたと釈明した外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(証拠省略)。
三、理 由
山口県厚狭郡埴生町大字埴生字向原第二三六八番地田三反二畝一九歩外畦畔六畝六歩(以下本件農地と略称する)は、元控訴人和田百合蔵の所有であつて、金山専吉が小作していたのであるが、同人が昭和二〇年の終戦直後耕作を抛棄したので、同控訴人においてその後の耕作をし、その後村上照雄が一時小作していたが同人も耕作を廃して小野田市に移転したので、昭和二三年度は控訴人等においてこれを耕作したこと、右金山専吉、村上照雄の両名は右農地の約半分を荒蕪地としていたので、控訴人等が徳永小一、小山元等と共に、右荒蕪地を開墾し、内約五畝を右両名に耕作させたこと、埴生町農地委員会が、右農地につき、昭和二二年一二月二日自作農創設特別措置法に基いて買収計画をたて、同計画に従つて同農地が政府に買収され、その後控訴人等が買受の申込をしたが同人等に売渡されず、昭和二五年七月二日売渡の相手方を谷川留一、荒川則人、大木雅逸、楠昇の四名として売渡計画が定められたこと、控訴人和田百合蔵が右計画について埴生町農地委員会に異議を申立て、同委員会が同異議を排斥したこと、同控訴人がこれに対して被控訴人に訴願し、被控訴人が昭和二六年一月三一日右訴願は相立たない旨の裁決をし、同裁決の謄本が同年二月五日同控訴人に送付されたことは当事者間に争がない。
控訴人等は、同人等家族に対する農地買収は、自作地として保有を許された限度を超えてなされた不法なものであるから、不法買収地の返還又は不法買収の償として本件農地を控訴人等に売渡すべきものであると主張するので考察するに、控訴人等並びにその家族の所有農地についてなされた買収計画について、同人等から異議申立のなかつたことは、その主張によつて明白であるから右の異議申立期間を経過した今日においては、右計画についての異議申立は許されず、同計画は適法なものと推定されているのであるから、これに基く買収を不法なものとして、その是正又は償の意味において本件農地を控訴人等に売渡すべきであるとの主張は、これを容れることができない。
次に控訴人等は、専業農家で他に収入を得る途がなく買収による自作地の減少によつて生活に重大な脅威を感ずるにいたつたので、本件農地を控訴人等に売渡すべきであると主張するので考察するに、なるほど従来自作していた農地を自作農創設特別措置法によつて買収された農家が、ために経済的に不利益を蒙る場合のあろうことは想像するに難くないところであるけれども、買収によつて控訴人等の生活に脅威を与えていることを認むべき証拠がないから、進んで判断を加えるまでもなく、右の主張は採用し得ない。
次に控訴人等は、本件農地が買収されてから売渡されるまでの間、控訴人等は本件農地中の荒蕪地を開墾してその荒廃を防ぎ、農地委員会や町長の承認(少くとも黙認)を得て事務管理として耕作を続け、増産につとめて供出をし、公租公課を払つていたのであるから、これらの事実上の功績に対して本件農地を控訴人等に売渡すべきであると主張するので考察するに、控訴人等が昭和二三年度に本件農地を耕作し、荒蕪地となつていたその半分を徳永小一等と共に開墾したことはさきに認定したとおりであり、成立に争のない甲第六、一一、一八号証を綜合すると、控訴人等は、埴生町農地委員会から昭和二五年六月一五日限り本件農地への立入を禁止されるまで右の耕作を継続し、土地使用者として昭和二三、四年度分の本件農地の地租、地租割並びに町附加税を納め、昭和二四年度には本件農地から生産された甘藷四〇八貫を供出したことが認められる。しかしながら、原審における控訴人和田百合蔵本人訊問の結果中右耕作は前記農地委員会に耕作希望届書を差し出し、その承認を受けてしたものであるとの部分は後記の各証拠に照して到底信用しがたく、原審証人石田敏夫、八橋廉次、田中義令、真泉悦の各証言に前記甲第六号証を綜合すると、控訴人等は埴生町農地委員会に無断で本件農地の耕作をし、これを知つた同委員会から該耕作中止の要求を受けながらこれを止めなかつたので、遂に昭和二五年六月一五日限り本件農地への立入を禁止されるに至つたのであつて、右の耕作は控訴人等が正当な権限に基いてなしたものでないことは勿論のこと、右耕作中止の要求を受けた後の耕作は該農地の所有者たる政府の意思に反するにいたつたものであることは明らかである。尤も、仮令買収によつて政府の所有となつた農地であつても、これを耕作せずに放置するにおいては、荒廃するにいたるであろうから、荒廃を防いだり荒蕪農地を開墾したりすることは、必ずしも所有者たる政府の意思に反するとは言えないかもしれないけれども、政府が自作農創設特別措置法によつて農地を買収する所以のものは、同法の定むるところに従つて売渡をなすがための準備に外ならないから、この売渡に支障を来たすような耕作、開墾は所有者たる政府の意思に反することはもとより、控訴人等が開墾、耕作をしたからといつて、これによつて同人等に本件農地の買収資格を附与したものとは到底解せられない。而して、町長は買収によつて政府の所有となつた農地について何等の権限を有しないから、仮令埴生町長において控訴人等の本件農地の耕作を承認(又は黙認)し、租税を課し生産物の供出を命じていたとしても、これによつて控訴人等の耕作が適法化されるものでないことは勿論であるし、又これによつて同人等に本件農地の買収資格を附与したものとは解せられない。要するに前記耕作、開墾供出納税などの事実に基いて、控訴人等が本件農地の売渡を受くべき適格者となつたものとは認められないから、右の主張は採用できない。
次に控訴人等は、本件農地の売渡については自作農創設特別措置法施行令第一八条第二号が適用されるから、同地と従前から縁故関係の深い控訴人等、徳永小一、小山元に売渡さるべきであると主張するので考察するに、自作農創設特別措置法は、同法所定の農地を買収しこれを所定の者に売渡して自作農を広汎に創設することを目的とするのであるから、買収農地はこれを旧所有者以外の適格者に売渡すべきことを期待しているものというべく、従つて同法条を適用すべき場合(本件はまさにこの場合に該当する)においては、同号に規定する田所有者以外の農業に精進する見込のある者と認むべき者の存する限り、これに売渡すべきであつて、同農地に縁故あるの故をもつてこれに優先して旧所有者に売渡すべきでないことはもとより、同農地の事実上の耕作者に買受けの優先権を与うべきものとも解せられない。殊に本件農地は、控訴人等の自認する如く同人等に保有を許された小作地の限度を超過したために政府に買収されたのであるから、旧所有者たる控訴人等に売渡すべき理由は更に乏しくなつたものといわなければならない。成立に争のない甲第一三号証には「現在迄の耕作者の本意に反して他の者に売渡したものは至急取消し元の耕作者に売渡せられたい」と記載されているけれども、そのいわゆる耕作者とは控訴人等の主張する如き事実上の耕作者を指しているものとは到底解せられないから、これをもつて控訴人等の主張を認めるわけにはゆかない。なお徳永小一、小山元の両名が本件農地を耕作していたことは前認定のとおりであり、原審証人田中義令、真泉悦の各証言によると右両名も本件農地買受の申込をしていることが認められるけれども、両証言によると右両名の耕作は何等の権限なくしてなされた事実上のものに過ぎないし、徳永小一は日食に勤務し小山元は会社員であつて、何れも谷川留一外三名に比べて農業に精進する見込の乏しい者であることが認められるから、右両名に本件農地を売渡さなかつたことは相当であつたといわなければならない。
次に控訴人等は、本件農地の売渡の相手方と定められた谷川留一外三名は買受の申込をしていないと主張するけれども、これを認むべき証拠がなく、反て成立に争のない甲第三号証に原審証人八橋廉次、谷川留一、当審証人楠昇の各証言を綜合すると、前記四名は昭和二五年六月一〇日連名で買受の申込をしていることが認められるから、右の主張は理由がない。
次に控訴人等は控訴人等は農業に精進する者であるけれども、谷川留一外三名は農業に精進する見込のある者ではないから、本件農地は控訴人等に売渡さるべきであると主張するので考察するに、成立に争のない乙第一号証によると、売渡の相手方の一人たる楠昇は昭和二五年七月二日当時農業用牛馬を所有していなかつたことが認められるけれども、同号証に当審証人楠昇の証言を綜合すると、同人の当時の耕作面積は田二反六畝四歩、畑一反二畝五歩(合計三反八畝九歩)であつて、農業に従事する者は二人であつたことが認められるから、右農地の耕作には必ずしも農業用牛馬を必要としなかつたものと認むべく、牛馬を所有しないからといつて農業に精進する見込のある者に該当しないということはできない。又原審証人日浦平助(第一回)の楠昇は昭和二五年度麦作から昭和二六年一一月頃まで本件農地を他人に小作させていたとの証言は、当審証人楠昇の証言に照して信用できない。同証言によると、同人は昭和二四年八月シベリヤから復員して家業の農業に従事する傍ら余力をもつて日雇稼をしていたのであつて、本件農地を自ら耕作して他人に小作させたことがなく、本件売渡計画当時はもとよりその後昭和二七年一月まで農業に精進していたものであることが認められる。ただ売渡計画後のことではあるけれども、同人は三反八畝余の農地の耕作のみでは家計を維持しがたくしかも依然として労働力に余りがあるところから、同年二月から日本国有鉄道に勤務することとなり、勤務の合間(三日勤務して三日休むことを繰返すのであつて一箇月に一五日の休日がある)に妻と協力して農業に従事していることも同証言によつて認められるから、右の日以後はその以前に比べて農業に精進する程度が低くなつたものといえるかもしれないけれども、なお農業に精進する見込のある者に該当しないものとは認めがたく、他に同人が農業に精進する見込のある者に該当しないものと認むべき証拠がなく、又その余の売渡の相手方三名が農業に精進する見込のある者に該当しないものと認むべき証拠はなく、反て原審証人田中義令真泉悦の各証言によると、右三名は本件売渡計画当時もその後においても何れも農地に精進する見込のある者に該当していることが認められる。なお本件農地(三反二畝一九歩)を谷川留一外三名に分割して売渡すことと定めたことはさきに認定したとおりであるけれども、この事実から当然に右四名が農業に精進する見込のある者に該当しないものと認めることは許されないものというべく成立に争のない乙第一号証によつて認められる楠昇は前記の如く三反八畝九歩を、大木雅逸は二反二畝二歩を、谷川留一は二反六畝一歩を、荒川則人は五反二二歩を夫々所有して耕作している事実に想到すれば、かかる認定の許されないことは明らかであるといわなければならない。
次に控訴人等は、本件農地の売渡計画は、埴生町農地委員会を構成する農地委員が情実やその利益のためになした著しい不公正なものであるから取消さるべきものであると主張するので考察するに、売渡の相手方の一人たる荒川則人が右委員たる荒川慎一の子であることは、原審証人村田友一の証言によつて明らかであり、同証人原審証人田中義令、八橋廉次、真泉悦、当審証人窪田俊の各証言を綜合すると、本件農地の売渡計画は、主として地元委員であつた右荒川慎一と真泉悦との調査に基いてたてられたものであることが認められるけれども、右の故をもつて直ちに同計画が不公正なものであるとすることはできず、進んでこれを不公正なものと認むべき証拠がないばかりでなく、右各証言によると同計画は適法な農地委員会の決議を経ていることが認められるから、不公正なものでないものと認めるのが相当である。又楠昇を相手方とする売渡について同人は単なる名義人であつて実質上の売渡の相手方は農地委員たる窪田俊であるとの事実、谷川留一を相手方とする売渡は農地委員たる真泉悦と谷川留一との利益交換のためになされたものであるとの事実は、これを認むべき証拠が全くなく、当審証人楠昇の証言によると同人を相手方とする売渡計画は真実同人を相手方としたものであることが明らかに認められる。更に又成立に争のない甲第五号証、原審証人八橋廉次、村上照雄の各証言を綜合すると、村上照雄が本件農地の買受の申込をし、昭和二五年一月三〇日埴生町農地委員会においてこれを同人に売渡すべく計画をたてたこと、農地委員真泉悦において右農地を村上照雄から大木悟一に譲渡するよう斡旋し、村上照雄がこれを承諾したこと、その後村上照雄に耕作の意思がないことが判明したので同人への売渡は取消されて実現せず、延いて右の譲渡もなされなかつたことが認められるけれども、進んで右真泉悦においてこれがために大木悟一に蒙らしめた損害を補填する意味で、同人の子大木雅逸に本件農地の一部を売渡すべく斡旋尽力した事実は、これを認むべき証拠がない。その他控訴人等の主張する如く、本件農地の売渡計画を著しく不公正なものと認むべき事情は認められないから、控訴人等の主張は採用できない。
次に控訴人等は、埴生町農地委員会には、本件農地の買受申込書並びに売渡計画についての決議を録取した議事録がなく、その内部は乱脈を極め、本件売渡計画は不法、不当、不公正なものであるから無効であるか然らずとするも違法なものとして取消さるべきであると主張するので考察するに、成立に争のない甲第三号証、原審証人八橋廉次、谷川留一、当審証人楠昇の各証言を綜合すると、埴生町農地委員会には、本件農地の売渡の相手方たる谷川留一外三名からその買受申込の際に提出された右四名連名の買受申込書が存在することが認められ、これを覆すべき証拠はない。又右八橋証人、原審証人田中義令の各証言によると、本件農地の売渡計画についてなされた農地委員会の議決を録取した議事録が存在しないことが認められる。言うまでもなく農地委員会の議事録は、農地について極めて重要な事項についてなされる農地委員会の議事を記録するものであるから、その記録を怠ることなくしかもこれを大切に保管していやしくも散佚することのない様に努むべきであること勿論であるけれども、一の証明文書であつてこれ以外のものをもつてする事実証明を許さないものではないものと解すべきであるから、議事録がないからといつて直ちに売渡計画が無効となり違法となるものとすることはできない。そして本件売渡計画につき適法な農地委員会の決議を経ていることはさきに認定したとおりであり、本件売渡計画が不法、不当、不公正であることを認むべき証拠はないから、控訴人等の右の主張は採用できない。
そうすると、本件農地についてなされた売渡計画を無効とし又は取消すことを相当とすべき事実はこれを認めることができないから、右計画を不当でないとして控訴人和田百合蔵の訴願を排斥した被控訴人の裁決は相当であつたものと認むべく、同裁決の取消を求める控訴人等の本訴請求はその理由がないので棄却すべきものである。よつてこれと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第八九条、第九三条、第九五条により主文のとおり判決する。
(裁判官 岡田建治 大賀遼作 鳥羽久五郎)